2018年05月27日
越後親不知への想い その2
それにしても 驚くこといっぱい!
今でこそ 金沢⇔東京間が新幹線で2時間30分
高速バスでも8時間 を
昔は 12泊13日もかかっているからね
途中 黒部川 神通川 姫川 関川 犀川 千曲川 など
暴れ川も待ち受けていただろうし
越後親不知の海岸道も 波かぶりで難儀しただろう
ただ歩いているのならともかく
槍 刀剣 鉄砲(弾薬も) 駕籠 水筒 着替えの服装
将軍・幕閣贈答品 殿様風呂桶…
背負って 担いで 2000人~4000人の大行列
江戸は板橋の下屋敷へ 駒込中屋敷へ 本郷上屋敷へ
480キロメートル道中
いやはや 昔の人の 体力・精神力はハンパでない!!

歌川広重の「親志らず」絵を 切り絵で

引いては寄せ 寄せては引く 海沿いの道
時化で海が荒れている際は
隣国越中の新川郡から500人前後の住民が動員し
海に入って 横に一列に並んで ブロックしたそうな
ブロック?今なら テトラポット を連想しよう
殿 との お殿様 !
われら一同 波除けにて お助け申す!
潮(うしお)で お体が 濡れませぬよう
前途 ご無事で お通りくださいませ!
まだ 4月5月の海は冷たかったに違いない
「参勤」=大名が将軍に拝謁するために江戸に行くこと
「交代」=自分の領国に帰ること
「参勤」は、昔は「参覲」の字を使っていました
「覲」は音では“キン”、訓では“まみえる”と読み
諸候が天子(大名または将軍)に会見するという意味です

ドラマチックな 親不知ものがたりですね
今でこそ 金沢⇔東京間が新幹線で2時間30分
高速バスでも8時間 を
昔は 12泊13日もかかっているからね
途中 黒部川 神通川 姫川 関川 犀川 千曲川 など
暴れ川も待ち受けていただろうし
越後親不知の海岸道も 波かぶりで難儀しただろう
ただ歩いているのならともかく
槍 刀剣 鉄砲(弾薬も) 駕籠 水筒 着替えの服装
将軍・幕閣贈答品 殿様風呂桶…
背負って 担いで 2000人~4000人の大行列
江戸は板橋の下屋敷へ 駒込中屋敷へ 本郷上屋敷へ
480キロメートル道中
いやはや 昔の人の 体力・精神力はハンパでない!!
歌川広重の「親志らず」絵を 切り絵で
引いては寄せ 寄せては引く 海沿いの道
時化で海が荒れている際は
隣国越中の新川郡から500人前後の住民が動員し
海に入って 横に一列に並んで ブロックしたそうな
ブロック?今なら テトラポット を連想しよう
殿 との お殿様 !
われら一同 波除けにて お助け申す!
潮(うしお)で お体が 濡れませぬよう
前途 ご無事で お通りくださいませ!
まだ 4月5月の海は冷たかったに違いない
「参勤」=大名が将軍に拝謁するために江戸に行くこと
「交代」=自分の領国に帰ること
「参勤」は、昔は「参覲」の字を使っていました
「覲」は音では“キン”、訓では“まみえる”と読み
諸候が天子(大名または将軍)に会見するという意味です
ドラマチックな 親不知ものがたりですね
Posted by babatrain at
10:55
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2018年05月21日
越後親不知への想い その1
日本アルプスが日本海に突き出るところ
その北端は断崖です
高速道は 海に突き出て造られているし
国道8号は 右へ左へ くねくね
まさに 箱根の嶮 みたいなところ
ここを 昔の人はどう歩き通したのだろう
すごいな
辛抱強いな
そんな昔に想いをはせて
日本の歴史を振り返ってみます

歌川広重作 「越後 親志らず」
狭い砂浜の 岩と浪間を走り抜けるので
親は子を 子は親を 振り返ってみるゆとりがない
それが 「親不知・子不知(おやしらずこしらず)」の語源だね
① 聖徳太子が畿内から奥州羽黒山へ参詣の途上
ここを歩いたハズ
② 山国信州の英雄 木曽義仲が京へ平家追討で
攻め入る際ここを歩いたハズ
①② 両説では 乗ってきた馬をこの地で
国元へ返しており 駒返しという 地名が
あります
③ 義経一行が岩手平泉へ向かう際 弁慶はこの地で何度も
波にさらわれた。何回もしがみつく岩に ご自分のひげが
剃れてしまう
伝:弁慶髭そり岩が 現に存在する
④ 後奈良天皇拝謁や13代将軍足利義輝に会うため
上杉謙信は何度もこの道を歩いたハズ
⑤ そして極め付けは 北陸諸藩 なかでも 加賀前田家は
181回も参勤交代で この道を江戸まで歩いている
しかも 1回あたり数千人という規模で
以下次回へ
その北端は断崖です
高速道は 海に突き出て造られているし
国道8号は 右へ左へ くねくね
まさに 箱根の嶮 みたいなところ
ここを 昔の人はどう歩き通したのだろう
すごいな
辛抱強いな
そんな昔に想いをはせて
日本の歴史を振り返ってみます

歌川広重作 「越後 親志らず」
狭い砂浜の 岩と浪間を走り抜けるので
親は子を 子は親を 振り返ってみるゆとりがない
それが 「親不知・子不知(おやしらずこしらず)」の語源だね
① 聖徳太子が畿内から奥州羽黒山へ参詣の途上
ここを歩いたハズ
② 山国信州の英雄 木曽義仲が京へ平家追討で
攻め入る際ここを歩いたハズ
①② 両説では 乗ってきた馬をこの地で
国元へ返しており 駒返しという 地名が
あります
③ 義経一行が岩手平泉へ向かう際 弁慶はこの地で何度も
波にさらわれた。何回もしがみつく岩に ご自分のひげが
剃れてしまう
伝:弁慶髭そり岩が 現に存在する
④ 後奈良天皇拝謁や13代将軍足利義輝に会うため
上杉謙信は何度もこの道を歩いたハズ
⑤ そして極め付けは 北陸諸藩 なかでも 加賀前田家は
181回も参勤交代で この道を江戸まで歩いている
しかも 1回あたり数千人という規模で

以下次回へ
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10:06
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2018年05月06日
切り絵 ごほうび展示
長野駅から 善光寺までの通りを
中央通り あるいは 善光寺表参道 と言います
その道の両側には約8メートル間隔で
春日灯篭が24基ずつ 計48基が立ち並んでいます
なぜ48かって?
阿弥陀如来の四十八願いを込めたのだとか
この燈籠に
今冬の切り絵展で 入賞した者へのごほうび!
切り絵作品が1年間飾られる と聞き
で どこに飾られているのか
GWに 家族で探しに出かけました
探すこと1時間
ありましたよ!


高さ 3.5メートル
木曽ひのきの春日燈籠
切り絵は はるか頭上 よく見えね

夕暮れ時にさしかかると
屋根に取り付けた 太陽電池の力で
LEDが あんどん風に 灯し始める
向こう側 善光寺
こちら側 長野駅

真っ暗闇と言われる あの世で
祖霊が 道に迷わないように
足元を 照らしてあげる
夜 ほんわか灯り
どこに 飾られているのかというと
新田町の交差点から南へ 約100メートル
ホテルJALシティの前あたりでした
どんな 切り絵かって??
私のブログ1月23日に
2枚だけ作品紹介いたしました
中央通り あるいは 善光寺表参道 と言います
その道の両側には約8メートル間隔で
春日灯篭が24基ずつ 計48基が立ち並んでいます
なぜ48かって?
阿弥陀如来の四十八願いを込めたのだとか
この燈籠に
今冬の切り絵展で 入賞した者へのごほうび!
切り絵作品が1年間飾られる と聞き
で どこに飾られているのか
GWに 家族で探しに出かけました
探すこと1時間

ありましたよ!



高さ 3.5メートル
木曽ひのきの春日燈籠
切り絵は はるか頭上 よく見えね

夕暮れ時にさしかかると
屋根に取り付けた 太陽電池の力で
LEDが あんどん風に 灯し始める
向こう側 善光寺
こちら側 長野駅
真っ暗闇と言われる あの世で
祖霊が 道に迷わないように
足元を 照らしてあげる
夜 ほんわか灯り
どこに 飾られているのかというと
新田町の交差点から南へ 約100メートル
ホテルJALシティの前あたりでした
どんな 切り絵かって??
私のブログ1月23日に
2枚だけ作品紹介いたしました
Posted by babatrain at
11:01
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