2016年04月30日
童話と切り絵セットの紙芝居 1
才女二人の演出による
童話と切り絵のコラボ紙芝居
はじまり はじまり はじまり
題して 「 ユウヤのやくそく 」
2014年7月17日以来 久しぶりの我がブログ公開です
切り絵は ビニールカバーで覆われているため
多少 外部の光反射あり ご勘弁を
童話も切り絵も すべて 自作 創作

毎年秋に開かれる 町内マラソン大会
今年は ちょうど10周年目です
町おこしに協力するため
今年は 学年を1年下げて
急きょ 小学3年生も 出ることになりました

小柄なユウヤは かけっこは大の苦手
運動会は いつもビリ
みんな はしゃいでいるけれど
「ああーあ 雨で中止にならないかなあ」
「でも みんなが出れば
出ない方が目立っちまって あとで 嫌な思いをする」

所変わって ユウヤの家の芋畑
じいちゃん 「まあ 元気だせや。芋パワーでな」
秋晴れの日
家族みんなで 芋掘りだ
兄ちゃん 「見てみて!これは5個も実がついてるぞ」
父ちゃん 「昔は どこの家へ行っても ふかし芋が
おやつだったなあ」
母ちゃん 「さあ お昼だよ 一休み
おやき と おむすびで」

半日が終わって
コンテナいっぱいに 詰められた サツマイモ
赤肌 ピンク肌 つやつや肌
光り輝いて 200本

その日の 夜は
じいちゃんが器用に炭をおこしてくれた
バーベキュー もちろん サツマイモ付き
ユウヤ 「うまいなあ」
しかし マラソンのことで 少し 心配気味だ
それを 気遣って
じいちゃん 「ユウヤ ちょこっと散歩に行くか」
ユウヤ 「うん 行こう 行こう」

続きは 次回に
童話と切り絵のコラボ紙芝居
はじまり はじまり はじまり
題して 「 ユウヤのやくそく 」
2014年7月17日以来 久しぶりの我がブログ公開です
切り絵は ビニールカバーで覆われているため
多少 外部の光反射あり ご勘弁を
童話も切り絵も すべて 自作 創作
毎年秋に開かれる 町内マラソン大会
今年は ちょうど10周年目です
町おこしに協力するため
今年は 学年を1年下げて
急きょ 小学3年生も 出ることになりました
小柄なユウヤは かけっこは大の苦手
運動会は いつもビリ
みんな はしゃいでいるけれど
「ああーあ 雨で中止にならないかなあ」
「でも みんなが出れば
出ない方が目立っちまって あとで 嫌な思いをする」
所変わって ユウヤの家の芋畑
じいちゃん 「まあ 元気だせや。芋パワーでな」
秋晴れの日
家族みんなで 芋掘りだ
兄ちゃん 「見てみて!これは5個も実がついてるぞ」
父ちゃん 「昔は どこの家へ行っても ふかし芋が
おやつだったなあ」
母ちゃん 「さあ お昼だよ 一休み
おやき と おむすびで」
半日が終わって
コンテナいっぱいに 詰められた サツマイモ
赤肌 ピンク肌 つやつや肌
光り輝いて 200本
その日の 夜は
じいちゃんが器用に炭をおこしてくれた
バーベキュー もちろん サツマイモ付き
ユウヤ 「うまいなあ」
しかし マラソンのことで 少し 心配気味だ
それを 気遣って
じいちゃん 「ユウヤ ちょこっと散歩に行くか」
ユウヤ 「うん 行こう 行こう」
続きは 次回に
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12:01
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2016年04月26日
市松模様って?
2020年の東京オリンピックシンボルマークが決まりましたね
日本の文様 市松
色も 藍色 とのことです
「 和の色 」
「 和の文様 」が ブームになる予感がします
そこで 市松を
複数の色紙で切ってみました
それを 重ねたり ずらしたりして眺めると
感動的な 市松模様の世界が広がることに驚きました


六枚同時切り 10分で完成
難しかったのは
文様が 離れないように ちぎれないように
切ることでした

市松は
石畳み とか 霰 とも 言ったそうです
江戸時代 歌舞伎役者の 佐野川市松が
この文様を袴にして 使ったところ
女性の 小袖の柄として 大流行 !
そこで 「 いちまつ 」と 命名された文様だとか

藍色を真上にして
他を1ミリくらい右へ ずらしながら
重ね市松 1

斜め右上へ ずらして
重ね市松 2

市松じゃ ないけれど
鯉の滝のぼり
他にも 文様を50種くらい作成しましたので
近いうちに ご紹介したいと思います
ヒマだから 切る作業は順調
日本の文様 市松
色も 藍色 とのことです
「 和の色 」
「 和の文様 」が ブームになる予感がします
そこで 市松を
複数の色紙で切ってみました
それを 重ねたり ずらしたりして眺めると
感動的な 市松模様の世界が広がることに驚きました

六枚同時切り 10分で完成
難しかったのは
文様が 離れないように ちぎれないように
切ることでした
市松は
石畳み とか 霰 とも 言ったそうです
江戸時代 歌舞伎役者の 佐野川市松が
この文様を袴にして 使ったところ
女性の 小袖の柄として 大流行 !
そこで 「 いちまつ 」と 命名された文様だとか
藍色を真上にして
他を1ミリくらい右へ ずらしながら
重ね市松 1
斜め右上へ ずらして
重ね市松 2
市松じゃ ないけれど
鯉の滝のぼり
他にも 文様を50種くらい作成しましたので
近いうちに ご紹介したいと思います
ヒマだから 切る作業は順調

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11:37
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2016年04月14日
県歌 「信濃の国」 考
信州人なら だれもが暗唱している歌
それが「信濃の国」
北に 犀川 千曲川 ♪
南に 木曽川 天竜川 ♪
まんべんなく 長野県の東西南北の名川を配分しています
その五章目は
旭将軍義仲も 仁科五郎信盛も
春台太宰先生も 象山佐久間先生も
皆 この国の人にして 文武の誉 たぐいなく
山と聳そびえて世に仰ぎ 川と流れて名は尽きず
作詞の 浅井冽先生に質問です
すでに故人となられた先生ですから
以下 バーチャル対談
私 浅井先生、信濃の国はいい詞ですね。よくぞあの大変な
時代(明治32年)に発表されましたね。しかも長野県の
あちこちをキメ細かく…
浅 当初は児童が歌うための唱歌として考え、教材に活かそう
と作りました。また深刻になっていた信州南北の対立の融
和策はここにあり!と言葉の絞りだしに苦労しました。
信州人の気質は 強い者に屈せず我理を貫くところがあり
ますからね。人物も4人選ぶのが大変でした
私 文の方で太宰春台(だざいしゅんだい) 飯田
佐久間象山(さくまぞうざん) 松代
武の方で源義仲(みなもとのよしなか) 木曾
仁科五郎信盛(にしなごろうのぶもり) 安曇・高遠
ですか? すると 東信はいない?
ラグビーの五郎丸…いや違いました…仁科五郎信盛さん
かがよくわからないのですが…
今 テレビで真田丸が大ブームでして、上田の盛り上がり
ようがすごいんです。ここは、なぜ東信のホープ真田幸村
さんを採用しなかったのかと…
浅 信盛は武田信玄の五男のために五郎と名付けられた
(武田勝頼とは異母弟)のですね。織田信長の長子信忠の
大軍5万相手に、よくぞ少ない軍勢3千で立ち向かい散った
その潔さが武士の誉れでした。
高遠城の桜も全国区になり後世に称えられています。
私 しかし先生。真田幸村という人選は頭の中にはなかった
のですか?高遠の方には申し訳けないのですが、全国のア
ンケートでも今一番の武将は?というと家康も信長も差し
置いて真田幸村ですよね。
しかも、信玄の子の信盛に比して幸村は純粋な信州人です
し…
浅 幸村も十分考えてはいましたよ。迷いました。
あなたも知ってますか?寛文12年(1672年)に書かれた
軍記物『難波戦記』あるいは、元禄期に書かれた『真田三
代記』ね。あれを読みますと、いずれも、真田昌幸・幸
村・大助の三代が徳川家に対して奮戦するストーリーで庶
民には大いに人気を博ましした。真田十勇士の活躍もこれ
がもとになっているといわれています。
私 なるほど、この読み物は当時すごい人気本でした
浅 一種、荒唐無稽なストーリーが、迷いの原点になりました。
史実に横やりは謹厳実直の道から外れます。
私 しかし、幸村も純粋、信盛も純粋に散っていった武人でした
ここは ♪ 幸村信盛名武将 ♪ と替えてもおかしくない
ですね
浅 なるほど、それでまとめますか(笑)
まとめ 歴史の語り部っていいですね。
真田信繁(幸村)
それが「信濃の国」
北に 犀川 千曲川 ♪
南に 木曽川 天竜川 ♪
まんべんなく 長野県の東西南北の名川を配分しています
その五章目は
旭将軍義仲も 仁科五郎信盛も
春台太宰先生も 象山佐久間先生も
皆 この国の人にして 文武の誉 たぐいなく
山と聳そびえて世に仰ぎ 川と流れて名は尽きず
作詞の 浅井冽先生に質問です
すでに故人となられた先生ですから
以下 バーチャル対談
私 浅井先生、信濃の国はいい詞ですね。よくぞあの大変な
時代(明治32年)に発表されましたね。しかも長野県の
あちこちをキメ細かく…
浅 当初は児童が歌うための唱歌として考え、教材に活かそう
と作りました。また深刻になっていた信州南北の対立の融
和策はここにあり!と言葉の絞りだしに苦労しました。
信州人の気質は 強い者に屈せず我理を貫くところがあり
ますからね。人物も4人選ぶのが大変でした
私 文の方で太宰春台(だざいしゅんだい) 飯田
佐久間象山(さくまぞうざん) 松代
武の方で源義仲(みなもとのよしなか) 木曾
仁科五郎信盛(にしなごろうのぶもり) 安曇・高遠
ですか? すると 東信はいない?
ラグビーの五郎丸…いや違いました…仁科五郎信盛さん
かがよくわからないのですが…
今 テレビで真田丸が大ブームでして、上田の盛り上がり
ようがすごいんです。ここは、なぜ東信のホープ真田幸村
さんを採用しなかったのかと…
浅 信盛は武田信玄の五男のために五郎と名付けられた
(武田勝頼とは異母弟)のですね。織田信長の長子信忠の
大軍5万相手に、よくぞ少ない軍勢3千で立ち向かい散った
その潔さが武士の誉れでした。
高遠城の桜も全国区になり後世に称えられています。
私 しかし先生。真田幸村という人選は頭の中にはなかった
のですか?高遠の方には申し訳けないのですが、全国のア
ンケートでも今一番の武将は?というと家康も信長も差し
置いて真田幸村ですよね。
しかも、信玄の子の信盛に比して幸村は純粋な信州人です
し…
浅 幸村も十分考えてはいましたよ。迷いました。
あなたも知ってますか?寛文12年(1672年)に書かれた
軍記物『難波戦記』あるいは、元禄期に書かれた『真田三
代記』ね。あれを読みますと、いずれも、真田昌幸・幸
村・大助の三代が徳川家に対して奮戦するストーリーで庶
民には大いに人気を博ましした。真田十勇士の活躍もこれ
がもとになっているといわれています。
私 なるほど、この読み物は当時すごい人気本でした
浅 一種、荒唐無稽なストーリーが、迷いの原点になりました。
史実に横やりは謹厳実直の道から外れます。
私 しかし、幸村も純粋、信盛も純粋に散っていった武人でした
ここは ♪ 幸村信盛名武将 ♪ と替えてもおかしくない
ですね
浅 なるほど、それでまとめますか(笑)
まとめ 歴史の語り部っていいですね。

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12:24
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2016年04月05日
白鵬関の落とし穴
36回の優勝は史上1位(2位は大鵬32、3位千代富士31)
4場所連続全勝優勝(最高は双葉山の5回連続)
おそらく 今後の相撲界でも
白鵬のような力士は二度とお目にかかれないでしょう
名前が たぶん1発で読めないムンフバティーン ダワージャルガル
父親は モンゴル相撲で5年連続優勝し、しかもメキシコ五輪でレスリングの銀メダルスト(モンゴル初) というから名門です

今から4年前 長野ビッグハットへ大相撲巡業が来た際に
横綱白鵬さんのサインをいただきました
右側の二文字がそれです
左側は立行司 木村庄之助さん
二人連署のサインを 実際に目の前で書いていただき
幸運 ラッキー
多くの人だかりの間隙をぬって行ったら
偶然
お二人 対 私 の 至福のスペースができたので
急きょ 私だけにサインしてもらえたのです

これで 白鵬と読めないな(解読難
)
でも この座布団は 家宝に昇格
しかしなあ
最近の白鵬 なんとなくおかしい
懸賞金のわしづかみ取り
決着がついた後の駄目押し(嘉風戦はひどかった、土俵下の
審判委員井筒親方があおりで右足骨折)
逸ノ城の首根っこを押さえて ナンダコノヤロの顔つきは最低
千秋楽のそれも東西大横綱の激突かと思いきや 突然の横跳び
稀勢の里との決戦かなと期待していたのに
いかがなものか

(巡業の際の威厳の姿 さすが横綱)
八百長で揺れた2010年名古屋場所
全勝優勝したのに 賜杯もらえず
涙の時もありました
よく 独りで相撲界を支えてきました
横綱の品格
品格とは何かと問われると
私にも そうあるもんじゃないし
むずかしいものではありますが…
礼儀 節度 気高さが備わり
気配り 思いやりに富んで
立場の弱いひとへの落ち着いた所作を常に有している
来場所 ”君臨の落とし穴” に はまらないよう
名相撲、名所作を見せて ほしいものです
4場所連続全勝優勝(最高は双葉山の5回連続)
おそらく 今後の相撲界でも
白鵬のような力士は二度とお目にかかれないでしょう
名前が たぶん1発で読めないムンフバティーン ダワージャルガル
父親は モンゴル相撲で5年連続優勝し、しかもメキシコ五輪でレスリングの銀メダルスト(モンゴル初) というから名門です
今から4年前 長野ビッグハットへ大相撲巡業が来た際に
横綱白鵬さんのサインをいただきました
右側の二文字がそれです
左側は立行司 木村庄之助さん
二人連署のサインを 実際に目の前で書いていただき
幸運 ラッキー

多くの人だかりの間隙をぬって行ったら
偶然
お二人 対 私 の 至福のスペースができたので
急きょ 私だけにサインしてもらえたのです
これで 白鵬と読めないな(解読難

でも この座布団は 家宝に昇格
しかしなあ
最近の白鵬 なんとなくおかしい
懸賞金のわしづかみ取り
決着がついた後の駄目押し(嘉風戦はひどかった、土俵下の
審判委員井筒親方があおりで右足骨折)
逸ノ城の首根っこを押さえて ナンダコノヤロの顔つきは最低
千秋楽のそれも東西大横綱の激突かと思いきや 突然の横跳び
稀勢の里との決戦かなと期待していたのに
いかがなものか
(巡業の際の威厳の姿 さすが横綱)
八百長で揺れた2010年名古屋場所
全勝優勝したのに 賜杯もらえず
涙の時もありました
よく 独りで相撲界を支えてきました
横綱の品格
品格とは何かと問われると
私にも そうあるもんじゃないし
むずかしいものではありますが…
礼儀 節度 気高さが備わり
気配り 思いやりに富んで
立場の弱いひとへの落ち着いた所作を常に有している
来場所 ”君臨の落とし穴” に はまらないよう
名相撲、名所作を見せて ほしいものです
Posted by babatrain at
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