2015年10月10日

地名由来のブラナガノ  長野駅の巻 3

旧長野市は
裾花川 と 浅川 の流れの扇状地に乗っかって
なだらかな 坂の上にあります

南の方に 犀川
これは 川中島 ・ 旧長野市南部を形成
形成したと言いましても 氾濫・洪水の繰り返しの地の上です

長野盆地の東側を 北へと流れゆく川が千曲川
名前の通り
流れが千も曲がりくねったり
千の淵とか澱みを作ったりの暴れ川でした
篠ノ井・松代・更埴はこの川と共存してきました

全体的には 裾花川や犀川の圧力に押されながらも
流れの行先を模索しつつ
北へと流れているのが千曲川です

ここに 鉄路敷設場所決定のヒントがあります

 

 レールを敷く 何処に敷く?
 千曲川の氾濫地で大丈夫か? 

 敷いたら敷いたで 洪水防止の堤防を築造しなくてはならぬ
 鉄道敷設には そんな工事は余計な二次作業だ

 汽車は煙を吐く これが通れば煤がでる  
 空気が汚れる?  
 オラっちの田圃が汚れるんじゃあ嫌だ

 日本海と江戸を結ぶ北国街道は昔から要の運搬道
 善光寺にも近い
 なだらかな野原が広がる最適の地はどこ?  等々

 長野町 対 松代町 の川東・川西論戦展開

 善光寺を中心とした商都NAGANO 対
 十万石、十代続いた真田氏の城下町 MATUSIRO

 誘致と請願と宣伝とが繰り広げられた

 官庁への請願 
 一般向けの演説会

 結果 技術的な問題ありとして
 明治19年1886年春 長野町を通ることとなりました

 場所についても
 川に邪魔されない地盤とのバランス
 北国街道沿いとのバランス
 善光寺界隈とのバランス 等々

 選定には1年ほどかかりました 
  以上が 初期の誕生秘話です


地名由来のブラナガノ  長野駅の巻 3

           提供:公文書課


地名由来のブラナガノ  長野駅の巻 3

     正面は 長野駅
     右側は 五明館 食堂部

地名由来のブラナガノ  長野駅の巻 3

     仏閣型長野駅 昭和30年代

       続く



Posted by babatrain at 12:26│Comments(0)
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。